
「イーハトーヴ」で過ごした生涯忘れられない20日間

林檎さん
滞在期間 2026/2/2~2026/2/20
「岩手」という地域のワーホリに応募しようと思ったきっかけは?
また、「ホテル奥中山高原」を選んだ理由は?
東京で過ごす中で、人もモノも情報量も多いからこそもっとシンプルで温かい交流を渇望していたから。
また、元々宮沢賢治が好きで、一面の銀世界を前にあの美しい日本語表現を生んだルーツを辿ってみたいと思っていました。
受入先でのお仕事はいかがでしたか?
受入先のホテル奥中山高原での仕事は、未経験のレジ打ちから始まり、厨房での業務や接客など多岐に渡るものでした 。当初は人様のお金に触れるレジ業務に緊張もありましたが、社員の方々から丁寧に教わり、次第に複雑なリフト券販売なども任されるようになりました 。また厨房では、開店準備や50人分の朝食用意、大量の皿洗いなどを担当し、最終日にはこれら一連の業務を一人で完遂できるまでになりました 。
印象に残っているエピソードとしては、周囲の方々との温かい交流が挙げられます。
勤務初日にレジ操作を間違えてしまった際、社員の方から「大丈夫、謝ることではないよ」と笑顔で励まされたことは、慣れない環境の中で大きな支えとなりました 。また、普段は寡黙なベテラン料理人の方から「毎日あんなに挨拶ができる人はなかなかいない」とわざわざ歩み寄って褒められたことや、接客中にお客様のネイルを褒めたことがきっかけで「素敵な思い出になった」と感謝された経験も、心に深く残っています 。最終日には、お世話になった一人ひとりに直接感謝を伝えるため、本館で豪華な焼肉をいただいたわずか1時間後に、別館の食堂へも足を運び「ハシゴ」をしてまで挨拶を尽くすなど、人との繋がりを大切にした充実した滞在となりました 。
お休みはどのように過ごしましたか?
滞在中の休日は、岩手県内の観光をしたり、現地の友人たちと交流しながら充実した時間を過ごしました 。
滞在の最後の方の休日には盛岡市へ向かいました 。初日に訪れたときとは違い、雪が溶けて暖かい日差しが差し込む街並みを散策し、以前から気になっていた本屋「BOOKNERD」で本を買ったり、母へのプレゼントとして作家さん手作りのブローチを選んだりと、行きたかったお店を巡ることができました 。
また、休日や退勤後の時間を使って、滞在先で出会った友人たちと深く交流したことも大きな思い出となっています 。ナイターでのスキーを一緒に楽しんだり、盛岡のラウンドワンで巨大な仏像と一緒にプリクラを撮ったりと、境遇や趣味が違っても心から笑い合える友人たちとの出会いは、何物にも代えがたい大切な経験となりました。
~林檎さんのバイトしながらいわて旅~
今回の旅は、単なる「バイト」や「観光」の枠を超え、岩手の豊かな自然とそこに暮らす人々の温かさに深く触れる、かけがえのない経験となりました。
当初は、夜行バスを降りて目にした真っ白な雪景色に「岩手が好きになった」と直感的に感じるところから始まりましたが、実際に過ごしてみると、その感動は景色だけでなく、出会った人たちとの交流によってより深いものへと変わっていきました。仕事の中では、未経験のレジ打ちに戸惑うこともありましたが、社員の方々の優しい励ましや、料理人さんからの心温まる言葉、そしてお客様との何気ない会話の一つひとつが、自分自身の自信や活力に繋がりました。また、同じ志を持って集まった仲間たちと、年齢や境遇を問わず笑い合い、共に時間を過ごせたことも大きな財産です。
旅の終わりに、別れを惜しんで何度も「ハシゴ」をしてまで挨拶をして回ったエピソードからもわかるように、この旅を通じて得た一番の宝物は「人との繋がり」でした。
岩手の美しい自然、美味しい食事、そして何より温かい人々に囲まれたこの期間は、自分の人生において「イーハトーヴ」が確かに存在することを実感させてくれる、一生忘れられない素晴らしい記録となりました。
2026/02/02
「イーハトーヴ」は本当にあった

夜中に新宿を出発したバスに乗り、午前6時ごろに駅に到着。
日が昇る前のあたりが寝静まった盛岡から旅がスタートしました。
長い乗車を経た夜行バスから、片足をそっと車外に降ろして最初に出迎えてくれたのは真っ白な雪でした。到着数秒で、岩手県が好きになりました。
初日は時間が有り余っていたので、雪の降り積もる街を散策しました。
「イーハトーヴは本当にあるんだ。」と思いました。率直な第一印象です。
それは宮沢賢治関連の資料館があるからでも、町中のあちこちに宮沢賢治の物語から生まれたモニュメントが散見されているからでもありましたが、まさに岩手山が聳え立ち、白鳥たちが川で暮らし、雪の降り注ぐ雲間から時折「桃色の空気」を纏った朝日が降り注ぐ、盛岡の美しい自然が教えてくれたことでした。

喫茶店「ティーハウスリーベ」のモーニングプレート。
絵本に出てきそうなサイズの小さな飲み物はリンゴジュースでした。

雪が降り積もった「開運橋」

開運橋の麓まで降りると真っ白な白鳥たちが出迎えてくれました。

時間があったので近くにあった「もりおか啄木・賢治青春館」へ。
「注文の多い料理店」の初版や当時の宮沢賢治の肉筆の手紙が飾ってありました。

勤務初日の朝は快晴で、まるで巨大なカンヴァスに描かれているかのような美しい雪景色と共にスタートしました。たっぷりの朝食には奥中山高原の牛乳やヨーグルトが並々と注がれていて、胃袋が幸せでした。
初日は主にスキー場とホテルの売店のレジを打ちました。
これまでのアルバイトでレジ打ちをしたことがない私にとって、人様のお金に触れることはとても勇気がいることでしたが、社員さんがレジの操作をはじめから丁寧に教えてくださりました。
1度レジの操作を間違えてしまい謝ると、「大丈夫、謝ることでないよ。」と、笑顔で言っていただき心が救われたのが印象的です。
さて、私は朝ごはんを奥中山高原ホテルの本館でいただきそのまま勤務しますが、寝泊まりをするのは歩いて5分ほど先にある別館です。
別館には「ヤマボウシ」というご飯屋さんがあり、畳が敷かれた広いその食堂はこの日からの数日間、他参加者との憩いの場となりました。初日の夕ご飯は野菜炒め定食をいただきました。

初日にして底が崩壊した自前のスノーブーツ

この日は雪が降り注ぐものの、なかなか太陽の姿が見えない日でした。
売店のレジ打ちに慣れてきて、フロントから少し離れた厨房でお皿洗いの仕事もさせてもらいました。11時の食堂開店とともに、矢継ぎ早に食後のお皿がやってくるので、それらを丁寧に洗い、すすぎ、食洗機にかけて拭き、食器棚に戻します。次から次へと食器を洗っているうちに気づいたら退勤1時間前になり、フロントに戻って残りの1時間レジを打ちました。
退勤後は足が棒のようになっていたものの、不思議と勤務中は新しい景色や体験に触れてとても楽しかったため、立ち仕事が苦ではなかった気がします。
退勤後、初めて別館の露天風呂に入りました。雪が全く降らないエリアで育った自分にとって東北の冬と全裸で対峙することは恐怖でしかなかったものの、とっても気持ちよくリラックスできました。

お昼の賄いではうどんをいただきました。
窓いっぱいの雪景色を堪能しながらお昼をいただけることが何よりの贅沢です。

滞在先の自動販売機で見つけた見たことのないレトロなジュース、北東北限定だそう。

夕ご飯には人生初の盛岡冷麺をいただきました。
たくさん働いて温泉で体を温めた後に食べるひんやりした汁ともちもちの麺がたまりません。

売店のレジ打ちの勤務に慣れて余裕ができてきたので、今日は昨日の自分よりもう少し成長したいと思えるようになりました。そこでこの日から始めたのがレジで使えそうな英語を調べてはノートにメモすることです。
例えば、支払い方法を尋ねるとき「お支払いはカードですか?」と伺う、自分ではできないチェックイン/アウトのような業務を頼まれた場合は別の社員さんを呼ぶ必要があるため、「担当者をお呼びしますのでお待ちください。」と伺うなど、ジェスチャーで伝えることができてもできれば英語で言えた方がコミュニケーションがスムーズだと考えた日本語はすかさずメモし、休憩時間に該当する英語を調べては英訳を書き込む、と言った具合です。
最初はそれらのメモをカンペとして見ながら辿々しく話し、退勤後部屋に1人でいるときや移動している時はぶつぶつ学んだ英語をつぶやいて文章を作りながら覚えました。

料理長のご厚意で特製ワッフルを食べさせてもらいました!

自前の靴がわりに貸していただいた長靴
2026/02/06
休日①初めてのカーリング、わんこそばはデスゲーム

この日は事務局が主催してくださった交流会に参加しました。
「福田パン」へ訪れ、オリジナルのコッペパンを買ったあと盛岡冷麺と焼肉をいただきましたが、1番印象深かったのは人生初のカーリングです。
考えてみれば当たり前ですが、戦場は氷の上です。当然滑ります。あまりに滑るので何度か転倒し、オリンピックのテレビで見るカーリングのイメージと現実がこんなにもかけ離れていることに驚きを隠せませんでした。
交流会を終えて、友人と3人でわんこそばを食べに行きました。
友人2人がわんこ側がなんたるやを知っていたのに対して、私は事前知識なしで伺ったので、金太郎が着てそうなエプロンと大量の薬味を見た時点で何かがおかしいとは思いましたが、それが「わんこそば」という可愛い名前のデスゲームだと気づくに時間はさほど要しませんでした。
食べる手を止めてはならない。お手洗いに行ってはならない。と言った注意事項と共に始まった「ど〜んどん♡」「ハイど〜んどん♡」の掛け声を思い出すと今でもあの朱色のお椀を思い出します。
63杯でギブアップしましたが、友人のうち1人は100杯食べることに成功していました。若いってすばらしい。
2026/02/07
初のリフト券販売、雪あかりのジェラート

「リフト券が売れるようになったらもう1人前だよ。」そう言われるや否や、リフト券のレジの操作方法を教えていただきこの日の勤務はスタート。
奥中山高原スキー場では「シニアデー」と「レディースデー」が存在し、それぞれ割引が適用され諸々の金額が常日頃変動します。割引の種類は覚えているだけでも8つ以上はあり、リフト券自体も1日券、半日券、ナイター券、半日件は午前午後で販売開始時刻が決まっている、などたくさん覚えることがありましたが、社員さんが見守ってくださる中徐々に仕事を覚えました。
退勤後は友人と、近くの有名なジェラート屋「雪あかり」に行きました。退勤後、寒い中食べるジェラートは絶品でした。
2026/02/08
滞在先で出逢った友人たちとのスキー

奥中山高原では土日はナイターを実施しているため、この日の退勤後は滞在先の友人たちとみんなでスキーをしました。10年ぶりのスキーでしたが難なく滑ることができて嬉しかったです。
運動やスポーツは苦手ですが、現地の方に「スキー教室の人たちより上手い」とまさかの誉め言葉をいただいたので、スキーだけは好きになれそうです。
退勤後に楽しんだナイターのスキーの様子と、たくさん動いて遊んだ後にいただいた至福のカツカレー。
岩手のパウダースノーがどのくらい柔らかくてふかふかしているかを手っ取り早く証明する手立てとしてやってみたかったのが、雪に顔を埋めて顔の型を取ることでした。
というわけで退勤後友人たちと集まり、4人揃って雪の中に顔を埋めて写真を撮りました。
4人で過ごす最後の夜でした。みんな疲れているのに、それでも一緒にいたいという思いが強すぎて最後はゾンビのようになっていました。修学旅行のような夜でした。

休憩室で見つけた謎の缶、よく見ると龍泉洞の珈琲でした。

4人で集まる最後の夜だったので珍しく遅くまで語り明かしましたが、全員大疲弊してこんな具合でした。

この日はお休みをいただけたので今日でお別れの友人を奥中山高原駅まで見送りに行ったあとは、観光を楽しみました。

宿に戻って友人といただいた揚げ餃子と地元の山菜を使った贅沢な夜食。
2026/02/12
レジ打ちに設けた新しいクエスト
この日からは自分に新たなクエストを設け、お客様に対して何か思ったポジティブなことがあればすぐ言葉にして伝えるようにしました。相手の服装や言動、仕草に対して細かく気を遣いながら接客をしてみたいと思ったのがきっかけです。あるお客さんがとても可愛いデザインのネイルをしていらっしゃったので「めちゃくちゃ可愛ですね!」と素直に伝えると、とっても笑顔で「ありがとうございます、お姉さんも!」と言っていただきました。しばらくして商品の品出しをしているときにお客さんに「さっきは褒めてくださってありがとう、嬉しかった。今日初めて沖縄から岩手に来たんです、おかげさまで素敵な思い出ができました。」と言っていただきました。接客をしている側なのに、なんとも心が温まる体験でした。
東京では人もモノも情報量も多くて、なかなか目の前の見知らぬ人に対して心から優しくなる余裕も持つ機会が少ないように思います。だからこそ、自分の住む東京に戻っても、他人に対する思いやりと余裕のこの感覚を忘れまいと思った1日でした。
2026/02/14
休日③友人を見送り、雪のない盛岡へ
この日は最後のお休みでした。長く一緒にいた友人とプリクラを撮ってお見送り。
普段友人に対して表面的なコミュニケーションで済ませてしまおうとしてしまう自分が、岩手で出逢った友人たちには不思議と心から愛おしいと思えたのはきっと、あたたかい自然や人々に囲まれた環境で彼女たちと過ごせたからなのだと思いました。化粧をしていなくても、私服のセンスが違っても、趣味や境遇が違ってもきっとそんなことなんかより、笑顔で笑ってお互いを知ろうとするだけでこんなにもあたたかい気持ちになれるのだと実感しました。
友人を見送った後は初日と打って変わってすっかり雪が溶けて常に暖かい日差しが差し込む盛岡を探索しました。行きたいお店はいくつかあったのですが、全部行くことができてよかったです。
この日から仲間たちとの生活が終わり1人で働くことになりますが、不思議と寂しくはありませんでした。一緒にいてもいなくても、毎日話しても話さなくても、心から愛おしいと思える友人に出逢えたのだと思います。

初日に伺ったティーハウスリーベを再び訪れランチ。

セレクトショップ「カシフレンドリー」にて、母に盛岡の作家さんが作ったブローチを購入。

以前から気になっていた本屋さん「BOOKNERD」にて本を買いました。
この日、厨房で作業をしている時ちょこちょことあまり喋らない厨房のベテランパートさんが何をどうやって作業しているのか見て学ぼうとついて行きました。すると、朝食会場付近のバックヤードの窓辺に向かったと思いきや、中サイズの植物の鉢を太陽にかざして「今日はおひさまが綺麗。」と言っていたのです。太陽のことをおひさまと呼ぶ人を初めて見ました。本当にいるんだ、と思ったまであります。
そこから何時間かたって横並びで一緒に作業をする際、ふと思い出したようにその旨を伝えました。その方は「私はおひさまとおつきさま、と呼びます。普段あまり人と話すのが好きではなくて無口なの、すみませんね」とおっしゃったのでした。そうは思えないほどのとびきりの笑顔で。思えば厨房がものすごく忙しくて殺伐としていて、誰も余裕がない時でもそのパートさんは謝る時「すみませんね。」というし、本当に忙しい時でも「ありがとうございますね。」とおっしゃっていました。自分も、急いでいる時や余裕が本当にない時でも、「さーせん」とか「すいやせん」とか言わずに「ごめんなさい」「すみません」と言えるような人間でありたいと思った、印象的な経験でした。
退勤後は1人でもう1度スキーをしました。天気がいい日が続いたため少し雪が溶けていたものの、比較的暖かい中のびのびとスキーができました。
思い出の写真。
料理長が特別に作ってくださった土日限定いちごパフェ!
お夕飯にはヒレカツ定食を作っていただきました。

この日は都合で部屋移動があり本館の洋室に泊めていただきました。
朝、従業員さんに習って清掃の仕事をすることがあるのですが、その際に片付けていた部屋に自分が泊まることになるとは思いませんでした。
部屋には、奥中山高原で撮影された彗星の写真が飾ってありました。
お昼の賄いにいただいた料理長特製の海鮮丼!
そして今日の夕ご飯は焼肉と天ぷらでした…!(涙)
今日は厨房でパートさんが出勤する前に作業をしていると、ベテランの料理人さんが自分のところにやってきました。同じ厨房とはいえ、大きな食洗機がある自分の持ち場と料理人さんが調理をする場所には若干物理的な距離があるので、挨拶こそしてもなかなか料理人さんとお話しする機会はないのです。余計なことは喋らない、余計な行動はしない、と言ったまさに職人の鑑だったように思います。
そんなベテラン料理人さんがわざわざやってきて来て、口を開いたかと思うと「あなたは本当にすごい。」と言われました。なんのことかわからず「私ですか?」と答えると、「毎日あんなに挨拶ができる人はなかなかいない。感心しています。」と言われました。思えば確かに個々で話すことはないものの、みなさんとコミュニケーションを取りたいと思って挨拶を心がけていた節もありましたが、毎日よくしていただいているから当然のことだったので、わざわざ歩いて褒めに来てくださったことがとても嬉しかったです。無駄なことは喋らない、まさに「漢」という感じの料理人さんでした。
帰り際、「寂しくなるね」とだけ言われました。それが、ベテラン料理人さんとの最後になりました。
退勤後、徐々にグレードアップするまかないに感動してお腹いっぱいになったあと雪が降り積もる帰路を歩いていると、何か人間ではない動物が走っていくのが見えました。思えば数日前厨房のベテランパートさんたちとゴミ捨てに行った時、厳重に施錠されたゴミ捨て場で「動物がご飯を食べに来るんだよ。」と言われていました。こんな寒いのに動物がいるなんて信じられませんでしたが、本当にいたんだ!と嬉しくなりました。
真っ白な雪の上に、ペットボトルのキャプくらいの大きさの肉球がどこまでも連なっていました。

厨房にて「たまにはひと息ついてね」と作ってくださった珈琲
最終日だった今日は、いつも一緒に厨房でお皿洗いをしていたベテランパートさんがお休みで、厨房にてレストランの開店前準備、ゴミ捨て、お皿洗い、次の日の朝食の準備をまるまる1人で行うというまさに集大成のような日でした。ベテランパートさんたちがいないのはとても寂しかったのですが、教えていただいた通りに開店前に最初から最後まで業務をすることができました。
最後の最後にフロントの業務へ戻ると、売店に年配の方がたくさんの品物を買いに来ていたので、「お部屋まで一緒に持って行きますよ。」と言って2人でゆっくり階段を登りながら話しました。
最後の最後まで、初めての出来事だらけだったものの、無事終えることができました。
分かってはいたものの、最終日はとても他の従業員の皆さんや景色、ホテルを見ると名残惜しかったです。本館では夕食に超豪華な焼き肉を用意していただき、ひと口ずつ噛み締めながら食べました。
また、別館の食堂でも最後にお礼を言いたかったので、ご飯を食べて1時間後またご飯を食べるために部屋で運動をして天ぷらうどんを食べました。次いつ会えるかわからないからこそ、1人1人にちゃんと最終日を伺ってお礼が言えてよかったです。
思い出の写真。
最後のお昼の賄い、大きなヒレカツが印象的。
りんごに値札を貼る生活も今日で最後。

一人で用意した50人分の朝食
本館で最後に用意していただいたのはなんと焼肉…!
その後、別館のヤマボウシのご飯も食べたくてハシゴしました。

お借りしていたエプロンを洗い、長靴をお返しし、できるだけ多くの人にお礼を伝えました。
厨房では特に、従業員さんが多すぎて名前を覚えきれなかった方もいたのですが、そのうちの1人があまりにもアンジェラ・アキに似ていたのでその旨を本人に伝えることができて本当によかったです(?)
初めてお会いする年配の方に車で駅まで送っていただきました。駅までの本当に短い時間でも、運転してくださった方はずっと話し相手になってくださりました。
「奥中山に春が来るのはいつなんですか?」
「ごめん、もうちょっと大きい声でお願いします。」
「奥中山に!春が来るのは!いつごろですか?」
「ごめん、もうちょっと大きい声でお願いします。」
「奥中山にイイ!!春はアア!!いつ来ますかアアア?」
そんな感じで話している中、教えてくださったのは今からは到底想像もできない満開の桜の話。多くの土地に春が訪れたずっと後、5月ごろには満開の桜で辺りが埋め尽くされるようです。信じられないけれど、相手の話し方を見るに本当にその景色が美しいことなのだと実感しました。いつか春にも、奥中山高原に行ってみたいです。
思えば今回岩手県に行こうと思ったのは、人もモノも情報量も多い中疲れてしまったからでした。人に会いたくない、まであったのに、自分を救ったのは皮肉なことにも見ず知らずの自分を精一杯愛してくれた暖かい人々でした。都会では人の言葉の何を信じていいかわからないし、簡単に裏切られることもあるし、心が荒んで余裕がなくなってしまうこともあります。都会は人モノ情報、全ての量が多いのになぜか心が空っぽになりがちですが、人もモノも情報量も少ないのにこんなにも暖かい気持ちで心が満たされるとは思いもしませんでした。
「優しい心のもとで生きていれば大丈夫。」奥中山高原とそこに住む人々からそう教えてもらえたような、尊くて美しい、生涯忘れられない20日間だったと思いながら駅に着き、車を降り、名残惜しそうに辺りを見回しました。真っ白なで静かなあたり一面の真っ白な銀世界に、私には確かに咲き誇るこぼれ落ちそうなほどのも満開の桜が見えました。

帰り際に奥中山高原の牛乳を使ったキャラメルをいただきました。